戒名は必ず付けるものなの❓😓

今回の法話は戒名についてです。
各宗派では戒名の呼称及び体系が変わります。
❖各宗派別戒名の呼称
・天台宗、真言宗、曹洞宗などでは「戒名」と呼びます。
・浄土真宗では「法名」「院号法名」と呼びます。
・日蓮宗では「法号」と呼びます。
❖各宗派別の戒名の体系
https://www.e-sogi.com/guide/15320/

以下に今回の浄土真宗親鸞会の戒名についての下記案件を掲載します。

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【無料】
「法名は故人につける名前」がナゼ誤解なのか
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こんにちは!
「浄土真宗を日本で一番わかりやすくお伝えする」を
モットーに30年、浄土真宗の講師をしている
中村正(なかむら ただし)です。

講座に参加された方から「法名(ほうみょう)」について、
次のような質問を受けることがあります。

死んだら法名は、つけないといけないものでしょうか?」
「法名は、いくらぐらいするものでしょうか?」

“亡くなった人につける名前が法名”だと思われている方が
多いのですが、これがそもそもの誤解です。
浄土真宗で「法名」とは、生きているときに頂くものです。
また、「法名がないと極楽に往けない」といった“手形”のように
理解されている方もありますが、これも誤りです。

極楽に往けるかどうかと、法名の有無は、無関係です。
さらに、法名といえば男性は「釈○○」、女性は「釈尼○○」とつけますが、
「院号」というものを付けて長くした方がよいのだ
と思われている方もあります。
これもとんでもない誤解です。
法名は、長さによって功徳の大小、故人の死後の行き先が
決まるものではありません。
まして、お金を出して“購入”するものでもありません。

法名とは、阿弥陀仏の本願に救われて本当の幸福になった人が、
仏法の師・善知識から頂く名前のことをいいます。

「阿弥陀仏?それはどんな仏さまなの?」
「本当の幸福に救われる?
 浄土真宗は生きているときに救われるの?」
このような疑問をお持ちであれば、
まずは、浄土真宗の教えを聞いてみられることをお勧めいたします。

親鸞聖人は、私たちの苦しみの人生を、荒波の絶えない海に例えられ、
その海を明るく楽しく渡す大きな船のあることを教えられました。
その大船に乗せていただいたときにこそ、
「人間に生まれてよかった」と
心の底から喜べる幸福に生かされるのだ、といわれています。

いくらお金を得ても、財産を得ても、好きな人と結婚して子供ができても、仕事で成功しても、心からの安心も満足もないのが人生ではないでしょうか。

歴史上の成功者として名前が挙がる豊臣秀吉や徳川家康も、
「露と落ち、露と消えにし我が身かな。
 なにわのことも夢のまた夢」(秀吉)
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」(家康)
のように告白しています。

あれだけのことをやっても、
「夢の中で夢を見ているような儚い一生であった」
「一生涯、重荷を背負って終わりのない道を行くのが人生だ」と語っています。
「結局、苦労が報われないのが人生ではないのか」
「生きていて何の意味があるのか」
と絶望して、自ら命を絶つ人が非常に多いことも、
皆さん、ご承知のとおりです。

親鸞聖人は、生きている“今”を最も大切にされた方といえます。
何のための人生なのか、その答えが、浄土真宗の教えにあります

教えを聞いて、
「人間に生まれてよかった」
と心の底から喜べる人生に生まれ変わって、
いただく名前が“法名”なのです。

「そんな幸せがあることを浄土真宗で教えられているなんて、聞いたことがない」
と言われる方がほとんどかもしれませんが、本当です。
親鸞聖人が書き遺されたものに、ハッキリと教えられていることです。

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お経を読むのは回向する人の為🙏

浄土真宗親鸞会のメール内容です。
お経が故人を供養するためではなく、故人を回向する人のための教えです。
以下参考に掲載します。

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【無料】
「お経を読めば供養になる」が
 ナゼ誤解なのか

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こんにちは!
「浄土真宗を日本で一番わかりやすくお伝えする」を
モットーに30年、浄土真宗の講師をしている
中村正(なかむら ただし)です。
大切なご家族を亡くされて、お経を読むようになった
といわれる方は、とても多くいらっしゃいます。

一方で、
「お経を読めばよいとは言われるけれど、
 何の意味があるのか分からない」
という声も、よく耳にいたします。
私は年間200回以上、仏教講座を開いていますが、
参加者から、よくお経について尋ねられます。
そのときに
「お経を読むのは故人の供養のためではない」
とお話しすると、
「え?亡くなった人のためにお経を読むのは、
 仏教の教えじゃないんですか?」
と驚かれます。無理もありません。
葬式や法事では100%、お経が読まれます。
それを「故人のためにあげているのだろう」
と参列された皆さんが思われるので、
仕方がないことかもしれません。
しかし、お経を読むのは故人の供養のため、
というのが誤解
であることは、
次のお釈迦さまのエピソードを知っていただくと
ハッキリ分かられると思います。
…………………………
あるときお釈迦さまに、お弟子が
このようにお尋ねしたことがありました。
「長いお経を読んでもらったら、
 亡くなった人が浮かばれる、
 という人があるのですが、本当でしょうか」
それを聞かれたお釈迦さまは、足元の小石を拾われて、
近くの池に放り込まれました。
沈んでいく石を指さされながら、お釈迦さまは、
「この池の周りを、石よ浮いてこい、
 浮いてこいと唱えながら回ったら、
 石が浮かんでくると思うか」
と尋ねられました。
するとお弟子は、
「お釈迦さま、そんなことはとても考えられません」
と答えると、
「そうであろう。石は、自らの重さで沈んでいったのだ。
 いくら浮かび上がれと言ったところで、
 浮かんでくるものではない。
 人間は、自らの業(ごう=行為)によって、
 死んだ後の結果が決まるのだ」

と仰っています。
…………………………
お経を読むことで亡くなった人の受ける結果が
変わるはずがない
ではないか、
というのがお釈迦さまの教えです。
「お経を読めば故人の供養になる」という誤解は、
お経がどのようなものか
知らされていないところに原因があります。
お経は、お釈迦さまのご説法の記録です。
お釈迦さまは、常に
“生きている人”を相手に教えを説かれました。
ですから、「死者のために説かれた教え」というものは、
仏教にはありません

すると、
「では、葬式や法事で、お経を読むのは何のためですか?」
という疑問が起きてきます。
それは、そこに参列されている皆さんのためです。
もちろん、漢文のままでは
意味がチンプンカンプンですから、
読経の後に説法があるのは、
そこに説かれてある教えをお話しするためです。
葬式や法事は、亡くなられた方を御縁として、
自分の人生を見つめ、「何のための人生か」を知り、
本当の幸せに生かされるためです。
それこそ、故人の最も喜ばれることなのだよ、
と教えられているのが仏教です。

このように仏教について“常識”と思われている中に、
たくさんの誤解があります。
本当の意味が分かれば、自分の気持ちが変わります。
「何のためか分からない」と漠然としていた思いも、
「このためにするのだ」と前向きに変わるに違いありません。
このメールを読んでくださっている皆さまの中で、
「仏教はよく分からない」という思いの方がいらっしゃれば、
10月27日(火)まで受け付けている、
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有り難うの由来について…🙏

浄土真宗親鸞会のメールの一例を紹介致します。
メールの中心となる部分以外は割愛しております。

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【無料】
仏教に学ぶ感謝の人生
「ありがとう」の由来を通して

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こんにちは!
「浄土真宗を日本で一番わかりやすくお伝えする」を
モットーに30年、浄土真宗の講師をしている
中村正(なかむら ただし)です。

感謝やお礼の気持ちを表す「ありがとう」という日本語は、
仏教に由来します。
漢字で書くと「有り難う」ですね。
「有る」ことが「難しい」ということですから、
「めったにない」という意味ですが、
どんな話に由来するのか、ご紹介しましょう。

ある時、お釈迦さまが、阿難(あなん)という弟子に、
「そなたは人間に生まれたことをどのように思っているか」
と尋ねられました。
「大変、喜んでおります」と阿難が答えると、
お釈迦さまは、次のような話をされました。

「果てしなく広がる海の底に、目の見えない亀がいる。
その亀が、100年に一度、海面に顔を出すのだ。
広い海には、小さな穴の空いた丸太が1本、あてどもなく漂っている。
阿難よ。100年に一度、浮かび上がるこの亀が、浮かび上がった拍子に、
丸太の穴に頭を入れることがあると思うか」

阿難は驚いて言いました。
「お釈迦さま、そんなことは、とても考えられません」。
するとお釈迦さまは、
「絶対にないと言い切れるか」と念を押されます。
阿難は、
「何億年も何兆年も、くり返す間には、
ひょっとしたら頭を入れることがあるかもしれません。
 しかし、“ない”と言ってもよいくらい、難しいことです」
と答えました。

それを聞かれたお釈迦さまは、
「ところが阿難よ、私たちが人間に生まれることは、
この亀が丸太の穴に首を入れることが有るよりも難しいことだ。
有り難いことなんだよ」と、教えられています。

それほど、人間に生まれたことは、「有り難いことだ」と感謝し、
喜ばねばならないことだと分かります。
しかし、人間に生まれたことを当たり前に思ったり、苦しいことがあると、
「人間に生まれない方がよかった」
「こんな苦しいのなら、死んだほうがましだ」
という心が起きてくることはないでしょうか。

災害や事故、病気や怪我、老いや介護の問題など、
不安や心配ばかりの毎日で、
「人間に生まれたことは有り難い」と
なかなか感謝できないのが現実のようです。

なぜ、人間に生まれたことを喜べないのか?
どうしたら、人間に生まれたことを感謝できるのか?

人間に生まれたことを感謝できるほどの大きな感謝はありません。
仏教を聞くと、それが分かるようになります。
10月27日(火)まで、仏教の教えをネットで
分かりやすく聞けるキャンペーンを実施しています。
インターネットなら、パソコンやスマホさえあれば、
自宅でも聞いていただけます。
内容は、これまで特に要望の多かった以下の8項目から、
関心のあるものを選んでいただき、お話が聞けるというものです。
――――――――――――――――――――――――――
1.人生の目的をハッキリさせて達成したい、幸せになりたい
2.今の苦しみを何とかしたい(人間関係、将来の不安、孤独など)
3.死んで悪いところに行きたくない、極楽浄土に生まれたい
4.先立った大切な人に会いたい、供養したい
5.仏教やお釈迦さまについて学びたい
6.浄土真宗や親鸞聖人について学びたい
7.『お経』や『正信偈』『歎異抄』を学びたい
8.より浄土真宗を深く学ぶ方法が知りたい
10月27日(火)までの5日間、お申し込みを受け付け、
無料で3回、仏教のお話をお聞きいただけます。

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供養の為に仏教の教えを💦😥

今まで仏教って葬儀の時しか縁が有りませんでしたが、いざ亡くなられると改めて仏教の教を知りたいという衝動に駆られました。

お釈迦様の教えって言うのはなんだろうか?
日蓮宗の下記ページの要約は…
お釈迦様の教え
https://www.nichiren.or.jp/buddhism/shaka/02.php

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
❖この世の真理
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
💠一切皆苦
人生は思い通りにならない
💠諸行無常
全てはうつり変わるもの
💠諸法無我
全ては繋がりの中で変化している
💠涅槃寂静
仏教か目指すさとり
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
四苦八苦
生老病死(しょうろうびょうし)
💠生きる苦しみ
💠老いる苦しみ
💠病苦の苦しみ
💠死んでいく苦しみ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
💠五蘊盛苦(ごうんじょうく)
心身が思うようにならない苦しみ
💠愛別離苦(あいべつりく)
いつかは別れなければならない苦しみ
💠怨憎会苦(おんぞうえく)
怨みを抱く相手と出会う苦しみ
💠求不得苦(ぐふとっく) 
求める物が得られない苦しみ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
大切なのは、ものごとにこだわらないこと、偏った見方をしないこと。さらに、この世の全てはお互いに関係しあい、つながっているのだということを理解すること。

世の中のあらゆるものが無常であると知っているから、一期一会の出会いを大切にし、自分をめぐる仕事や人間関係の一つひとつのことも丁寧に謙虚に愛情を込めて行うことができます。全てが縁起によって成り立つものだと知っているから、自分以外のものへ慈悲の心をもって接し、一瞬一瞬を尊く生きることができます。生かされている"いのち"で毎日を大切に生き、自分本位でなく周りへの思いやりを持って行動することは、苦しみの原因である執着をコントロールすることにもなります。

これが”今”をイキイキと生きるお釈迦さまの智慧です。お釈迦さまは、全ての人々を慈しみ、苦しみから逃れて幸せになれるようにと願い、このような教えを今に残されたのです。
そこで大切なのは、ものごとにこだわらないこと、偏った見方をしないこと。さらに、この世の全てはお互いに関係しあい、つながっているのだということを理解すること。

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日蓮宗と言っても宗派は沢山ありますし、創価学会も日蓮正宗ですが葬儀・告別式でも友人葬があり、やり方が随分異なります。

家は日蓮宗ですが、浄土真宗の様に「即身成仏」の教えも良いと思いますし、各宗派の各々良い面を前向きに捉えて謙虚に受け止めながら人としての煩悩も抱えながら教えを学びたいと思う今日この頃です。

法華経はそもそも聖徳太子によりひろめられ、日蓮宗で法華経を経典とし、日蓮上人は日蓮宗のみが唯一の仏法として他の宗旨を拒否して広めたことは以下のような表記からも有名です。
・四箇格言
 ①念仏無間(ネンブツムゲン:念仏を唱えるものは無間地獄に落ちる)
 ②禅天魔(ゼンテンマ:禅宗は天魔の行為)
 ③真言亡国(シンゴンボウコク:真言宗は国を滅ぼすもの)
 ④律国賊(リツコクゾク:律宗は国賊だ)

 ※私自身は他宗派を排斥・非難するやり方はあまり好きでは有りません。

・また一般的に仏教には死者を供養する思想はない。
供養すべきは三宝(仏:仏陀・法:経典・僧:僧侶)のみ
・お釈迦様の悟りを開いた言葉が「般若心経」であり、お経はそれを読誦した内容を回向する人たちに聞かせるものです。ただ、それでは何を言っているのか分からないのでお寺さんが理解しやすいように説明するのが「法話」と言われているものだと解釈します。

❖浄土真宗親鸞会という組織があります。
 私はここから定期的に送られてくる親鸞聖人の教えに成程と思うこともあります。あまり「法話」を聞く機会もありませんから勉強になります。
 また、別途送られてきた内容を掲載したいと思います。

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